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3月 10【現地取材】インドネシア滞在記~気づき編~
こんにちは!
みなさん、この記事を覚えていらっしゃいますでしょうか?
http://bop-design.com/2010/02/others-indonsia/
私は、インドネシアに2週間滞在し、つい先日帰国いたしました。
連日30度を超える気温と、蚊の猛威には悩まされましたが
体調を崩すこともなく元気に過ごすことができました。
インドネシアでの経験を
自分の気づき、村人たちのニーズ、村の子どもたちの様子
を中心に、この場をお借りしてつづらせていただきたいと思います。
2月17日~3月2日まで、ジャワ島中心北部のスマランにある
TambakRejoという村のリーダーの家でホームステイをしながら、
そこを拠点にワークキャンプを行いました。
ワークキャンプ参加人数は5人インドネシア人(リーダー)1人
ドイツ人 1人
日本人 3人
オール女子(!)で、年齢は下は18歳から上は24歳まで。
ワーク内容は
・TambakRejo村の子ども達に英語(日本語)・衛生教育をする
・3つの学校を訪問して、英語(日本語)・衛生教育をする
・村人たちと文化交流をする
この3つが大枠で、スケジュールを組んで活動していました。
まず村に到着して思ったのが、想像よりも暮らし向きがいいこと!
・この村は電気も水道も通っており、移動は歩きか自転車かバイク。
・また、すぐ近くに市場があり食糧調達はそこからできる。
・海に面した村だったので、漁業が盛んに行われている。
・村の近くに小学校が3つもあり、印象としては村の多くの子ども達が学校に通えている。
人に関しては
・あいさつをするとみんな笑顔で応えてくれてとてもいい雰囲気!
・子どもとお年寄りが多くて、私と同年代の若者は少ない。(出稼ぎにでてるらしい)
・女の人(30代後半~70代くらい)は家の前で一日ぼーっとしてることが多い。
(でも市場では女の人がメインで働いています)
・男の人は漁にでてる。
言葉はもちろんインドネシア語。
英語を話せる村人はほぼいない。(ホームステイ先のお父さんは若干話せました。)
ちなみに私たちがホームステイしていた家です。
◇水が溜めてある青いタンク。(調理用)水道も通っている。
◇飲み水は購入。これはおそらく参加者のためのもの。家族は飲んでいなかった。
◇こういう小さな電球が家の中に6~7か所ある。
しかし、この村の環境問題は深刻だと感じました。ゴミへの意識が薄く、
家から出たゴミはそのまま海へ放り投げられます。
トイレの水もダイレクトにそのまま海に流れます。
◇家の中。水が溜めてあり(水道水)、青色の桶で体を流したり、トイレの時の水を流すのに使う。このまま海にダイレクトに流れていく。
◇家の外にあるトイレ。近くで家の工事をしていて、工事現場のおじさんや他の家の子どもたちが使用。これもダイレクトに海へ…。
このような事態を問題視した私たち参加者は当初スケジュールになかったのですが
・ゴミを集めるための缶に子ども達が絵を描いて村に置く
・海からゴミが押し寄せてくるのを防ぐために竹の壁を作る
・衛生への意識を高めるために絵本(子ども向け)をつくって贈る
というアクションを、1週間が経過した時点で実行しました。
つまり、この村の問題に気づくのに1週間かけたということです。
◇子どもたちが楽しそうに描いていました。
私たち参加者はIIWC(indonesia international work camp)という団体主催の
ワークキャンプに参加申込をして、2週間活動をしたわけですが
TambakRejoという村がどんな村なのかほとんど情報がないままに現地入りをしました。
したがって、私たちは1週間もしくは2週間、全ての活動期間をかけてこの村の課題を感じとり、
かろうじて何かしらのものを残してきた、という形でワークを終えました。
しかし、上記のようなアクションは
村人たちにぽーんと丸投げしては絶対に持続しないものばかり。
ゴミの缶だってたったの1つしかないし、竹の壁だって、1か所だけ。
しかも、一番長く、粘り強く取り組まなければいけない
村人たちの意識を変えることはもちろんできないまま、物だけ置いてきた結果に…。
同じように、絵本を読むことにどんなメリットがあるのかも、どんなメッセージを伝えたいのかも、
十分に伝えることができなかったように思います。
子どもたちは興味深げに読んでくれていましたが…!
前述の通り、
この村は比較的インフラが整っています。
明日をどう過ごすか、という切迫した雰囲気はありません。
発展しようとしている希望のある村です。
しかし、見方を変えれば
ある程度の暮らしが成立しているからこそ、そこから意識を変えるのは難しい。
このままでの十分暮らしていけるわけですから、環境問題を訴えかけても一蹴されてしまいました。
そもそも、「ゴミや水質汚染をどうにかしたい!」
というニーズがこの村には全く存在していなかったのかもしれません。
私たちの感じるこの村の課題と、村人たちの感じるこの村のニーズがリンクしていなかった
のだと思います。
肝心の、村人たちの感じるニーズとは、教育問題でした。
つづく。
