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3月 10「貧困を解決する技術とは?」~シューマッハ―の思想~
E・F・シューマッハー、彼の論文を集めた著作『スモール イズ ビューティフル ―人間中心の経済学―』(講談社学術文庫、1986年)は、現代の私たちの社会にも通ずる、多くの示唆を富んだメッセージを投げかけている。
50年以上も前に唱えられたシューマッハ―の思想は貧困、特に世界人口の大半を占める農村での貧しさという問題に対して解を提示する。その解のキーワードは「中間技術」である。
彼の興味深い主張を、数回に分けて紹介していきたい。
今回は、なぜ「中間技術」が必要なのかをまとめてみる。
まず、シューマッハ―は貧困の主たる原因を以下のように説明する。
「いわゆる発展途上国の多くで見られる貧しい人たちの典型的な状態とは、どういうものかと言えば、それはつぎのようになろう。まず、仕事を見つけるチャンスがない。だから、悲惨な状態から逃れられない。・・・大部分は土地を持たず、また持てる見通しもない。だから、大都市に流れていく。だが、大都市に仕事があるわけではなく、もちろん住む家もない。それでも群を成して流れ出ていくのは、仕事を見つけるチャンスがゼロの農村よりも、まだ都会の方がましに見えるからである。」
では農村からやってくる出稼ぎ労働者を雇用できるほどの産業を都市で生み出せれば良いのだろうか?シューマッハーは次のように言う。
「大都市では新しい工業をおこし、それに経営者と労働者を配置し、金融と販路を付けて軌道に乗せるのがごく容易だが、大都市だけで開発が進められている限りは、大都市以外の地域における生産(農業は除く)は、新興の工業との競争に敗れて壊滅し、失業が増え、受け入れてもくれない町へ貧しい人たちがますます流入することになる。「相互破壊現象」には歯止めが利かなくなる。」
なるほど、ではシューマッハーが説くオルタナティブな産業とは何だろうか?
「そこで、開発努力の少なくとも相当部分を、大都市ではなくて、直接農村と小都市に注ぎ、ここに「農工業構造」を作りだす必要がある。この点に関連して強調すべきことは、仕事場、それも何百という数の仕事場が第一に必要だということである。もちろん、一人当たりの産出高が重要でないなどと言う人はいないだろうが、それを極大にすることは、第一の目標にはならない。貧しい人たちは仕事に就けるチャンスを何よりも望んでいるわけで、賃金が低くても、またあまり生産的とはいいかねる仕事でも、仕事がないよりはましである。・・・人々の第一の願いは、何らかの仕事について少額なりとも収入を得ることである。自分の時間と労働とが社会に役立っているという実感を持てば、はじめてこの二つのものの価値をさらに高めようという意欲がわいてくる。だから、みんなが何かを作る方が、一部少数の人がたくさんのものを作るよりも大事なのである。」
さて、では多くの雇用を農村や小都市に生み出すにはどうすればよいのか?
「そこで、問題は農村と小都市に何百という数の仕事場をどうして作りだすかである。先進国で生まれた現代工業ではこの問題の答えが出せないのは、極めて明らかである。現代工業は、資本は豊かだが労働力が不足している社会で起こったものなので、資本が少なくて労働力が豊富な社会には向かない。」
確かに、現代の科学技術産業は、失業率が取り立たされる昨今からわかるように、雇用機会を多く創出しない。
さらにシューマッハ―は、現代技術が引き起こす、三つの危機として、環境問題や資源の枯渇、人間性の喪失を挙げており、(まさに現代の課題にあてはまる。彼は50年も前にこれらの問題を訴えていた。)技術のあり方を問い直す。
彼の提案をまとめると以下のようになる。
「一、仕事場は人々が現に住んでいるところに作ること。彼らが移住したがる都市部はできるだけ避ける。
二、仕事場を作るコストを平均してごく安くし、手の届かないほど高い水準の資本蓄積や輸入などに頼らずに、数多く作れるようにすること。
三、生産方法を比較的単純なものにして、生産工程をはじめ、組織、原料手当て、金融、販売等においても、高度の技術はできるだけ避けること。
四、材料としては、主に地場の材料を使い、製品は主として地場の消費に向けること。
以上の四つの要請を満たす条件は、・・・「中間技術」ともいうべき技術を開発し、適用していくよう意識的に努力することである。」
現代の技術をうまく適用して貧困を解決できる、という考えに対して一石を投じるシューマッハ―の主張は、私の頭を強く殴った。
次回、「中間技術」について詳しく、ご紹介します。
