11
3月 10

【現地取材】インドネシア滞在記~村人の生活編~

こんにちは!
インドネシアから帰国して今日でちょうど1週間。
あちらはそろそろ乾季へと移り変わっていっている頃でしょうか。

今回は「村人たちの生活」についてお伝えしたいと思います。

村の男性たちは、毎朝せっせと漁業に出かけます。
(この村は海が近いのです)
しかしこの船が問題…。
エンジンがとてつもなく、本当にとてつもなく爆音をあげて動き出すので
毎朝5時にこの音で目が覚めてしまいます。

422 ◇部屋からとった漁業風景
419 海は海底からポコポコとガスが発生しているほどなのですが
漁師さんはその海に潜って漁をしています。
身体への悪影響を想像するには十分な光景でした。

釣った魚がどんなルートで人々のお腹の中に収まっていくのか、私の知る限りでは
①自分たちで食べる
②市場で売買
③直接村人とのやりとりで売買
→ホームステイ先の家では、知り合いらしき村人が直接家に足を運び
現金で魚を購入していました。

村の女性たちはというと、毎日家の前に座ってぼーっと過ごしている姿が目立ちました。
参加者の間でも「みんな暇そうだよね」と話題にのぼるほどでした。

対照的に、市場においては女性の売り手が中心です。

私たちは毎日自炊していたので、毎日市場で買い物をしていたのですが
市場は魚と野菜が中心で、活気に溢れていました。

164 269 ◇ただ、汚染により緑になってしまっている海からとれた魚は
市場では異様な臭いを発していました。

165 また、市場には重そうな荷物を運ぶ人の姿がたくさん!

260 261 ◇水を運ぶ姿も見られました。

149 ※下の写真はジャカルタの安宿近くでの写真です。

011 また、村にはたくさんのseller(男性)がきます。
売るものは、アイスティーやジュースなどの飲み物と、チョコやナッツやキャンディーなどのお菓子、
ちょっとした食事も売りに来ます。
需要はもっぱら子どもたちのポケットマネーから!
アイスティーなどは1000ルピア(日本円で約10円)以下で買えてしまいます。

147 ◇人を運ぶ仕事もあります。

148 輸送のための製品は用途別にいろいろな形があって面白かったです。
ジャカルタにおいても、車よりもバイクや自転車のような形状の輸送機械が多く見られました。

私はインドネシア以外にフィリピンしか行ったことがないので
フィリピンと比べることしかできないのですが、
フィリピンのマニラはとにかくバスと車とジプニー(小さなバスみたいなもの)が大量に運行していて
毎日交通渋滞が起きて大変でしたが
バイク中心のジャカルタは、交通渋滞もそこまでひどくありませんでした。
信号がところどころに設置されていたことも関係していると思います。

また、スマラン市内に行くと、物乞いの少年がいたり
ジャカルタの中心部のガンビル駅前では新聞紙をひいて子どもが寝てたりしました。
線路沿いを寝床にしている人達も多く見られました。

村にいるとみんな平等のように思えてしまうけれど
一歩外にでてみると、中心地は格差が目に見えるという現状なのです。

都心と地方、どちらにも滞在することで
それぞれの抱える問題を見ることができたのではないかと思います。

今回の旅では、村人たちと一緒に生活することで
村人の日常生活、村人のニーズ、村の抱える課題など
現地にいかなければ知ることのできなかった村の”現状”の一端を垣間見ることができました。

何の情報も、何の知識もないままに飛び込んでしまったことは
メリットもあればデメリットもありました。

メリットは、村人たちとの生活にすぐに溶け込めたこと。
先入観が少なかったことで、抵抗なく慣れていくことができたのではないかと思います。

デメリットは、村の現状を知っても話し合いで終わってしまったこと。
アクションをとったと言っても持続性に乏しい結果に終わってしまいました。
2週間で持続性のあるものを残すというほうが難しいのかもしれませんが
取り組む活動をしぼって、必要なアクションについて話し合い、目標を定めて実行に移す、
といった手順が踏めていれば、もう少し次につながるアクションができたはずです。

とはいえ、
この時期の、今の自分だからこそ得られたものはたくさんあると思います。
インドネシアでのこの経験を、思い出で終わらせるのではなく
今度こそ「次につなげる」ことを日本でやりたいです。やります!

***

以上で、私のインドネシア滞在報告を終わらせていただきたいと思います。
導入編も含め、全5回にわたってお送りしましたが、私が伝えたかった順に掲載しております。
(全部書き終わってみて、そういう流れになっていることに気がつきました)
この場をお借りして記録することで、熱気冷めやらぬ自分の頭の中が整理できたかな、と思います。
また、この記録が何かみなさんのお役にたてれば幸いです。

つたない文章ではあったかと思いますが
ここまで読んでくださって本当にありがとうございました!
Terima kasih!

栗本美可子





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09
3月 10

『BOPビジネスのフロンティア‐途上国市場の潜在的可能性と官民連携‐』

本日行われました、経済産業省主催『BOPビジネスのフロンティア‐途上国市場の潜在的可能性と官民連携‐』に参加してまいりました。12:30~17:00という長時間にわたるセミナーで有意義なものでした。
パネルディスカッションにおいてそれぞれ異なるバックグラウンドの方々が登壇され、興味深い意見が聞かれましたので、ご紹介いたします。

パネリスト
讃井暢子氏 (社団法人日本経済団体連合 常務理事)
槌屋詩野氏 (株式会社日本総合研究所ヨーロッパ 研究員)
富野岳市氏 (特定非営利活動法人国際協力NGOセンター 事務局長)
小山智氏  (経済産業省 貿易経済協力局 通商金融・経済協力課長)
モデレーター
佐藤寛氏 (JETRO 貿易開発部 上席主任調査研究員)

パネルディスカッション
<BOPビジネスブームについて>

讃井氏
・多くの企業はBOPビジネスに関心は高いが、具体的にどうしたらよいかわかっていない。
・社会に有用な製品・サービスを提供すること、消費者のニーズを満たすことが企業にとって本質的な目標だ。
・日本企業は事業における社会のというものをDNAとし持っている。

富野氏
・NGO側としては混乱している。BOPビジネスは、マーケティングの手法として開発分野に入ってきた。賛成派は小数である。
・パートナーとしてのNGOの存在が必要とされている。企業のビジネスパートナーとしてだけでなく、本当に社会課題を解決しているのかをオブザーブしていく必要がある。

槌屋氏
・欧米ではBOPビジネスを非常に大きな機会としてポジティブなものと捉えられている。
・一方、日本ではある一定の焦燥感があるように感じる。
・成功事例の裏にはたゆまぬ努力があり、事例の70%は失敗している。
・途上国が伸びていくのと共に、日本も一緒に成長していくこと、そして私たちもある種の誇りを回復していく、そういった構図であればよい。

小山氏
・デリバティブといった金融商品による経済拡大とは異なり、BOPビジネスは現地での情報通信技術の拡大といった、明確な事実に基づいた経済拡大である。

<欧米企業から何を学ぶのか>
讃井氏
・収益確保によるビジネス性を大事にすること。
・BOPビジネスは社会性だけでなく持続的な取り組みである。
・企業の経営にとってどのような位置づけなのかを判断し、株主への理解、人材の必要、成果を測る尺度などが必要だ。

富野氏
・MDGsの達成という観点からならば、NGOが関われる。
・BOPビジネスがターゲットとするのは最底辺ではなく、所得階層の少し上であるかもしれない。
・日本のNGOはまだ、欧米と比べて、企業の対等なパートナーとしてやっていけるかに課題がある。
・パートナーとしての連携の前に乗り越えなければならないことがある。まずは、企業とNGOがお互いを知り合わなければならない。

槌屋氏
・理念は人がつくるもので、ビジネスモデルが作るものではない。
・各社のイントラプレナーいて、彼らの試行錯誤から生まれるものだ。
・ビジネスの周りにある生態系を作ることが重要。そして生態系のアクター間を橋渡しするファシリテーターが重要。
・収益を出す前にイノベーションが必要であることを認識すべき。
・新しい考えや人材に対していかに企業が自己投資できるかにかかっている。


<潜在ニーズ調査について>
小山氏
・インフラの調査などはもっと必要。アフリカでも調査を始めている。

槌屋氏
・非常に有益な情報である。これから日本企業がどう使うかに注目。
・企業が進出していくときには情報があまりにも少なく、市場を理解しづらい。何をしていけば必ず収益が上がるのかというパスが見えないとやりづらい。

讃井氏
・目からウロコの情報である。ただもっとニーズを明らかにし、また母数がどれくらいあり、そのニーズが地域的に集中しているのか、それとも分散しているのか、など細かいところも知りたい。
・様々なニーズの中でプライオリティが高いのはどれなのか、といったことも知りたい。

佐藤氏
・潜在ニーズ調査は、多くの日本のコンサルタントに委託し、さらに現地の会社に委託して調査している。ビジネスコンサルタントもあれば、開発コンサルタントもある。前者は調査の母数が少ないが、ビジネスに有用なデータを持ってくる。後者は母数は多いが、ビジネスに有益な情報でないデータであることが多い。
・結局は企業の方々に自分たちで行って頂くしかない。


<現地の視点>
槌屋氏
・現地の企業を見ていると、「彼らは戦後日本でいう渋沢栄一なんじゃないか?」と思うことがある。公を担う事業が収益につながるということが彼らには見えている。
・投資家の顔を伺い、収益を気にするのでなく、顧客を見ることが重要。




<パートナーシップについて>
富野氏
・重要なのは、人と人との接点である。「連携」といったがっちりしたものではなく、まず、お互いが会ってコミュニケーションをとり、理解しあうことが重要。

槌屋氏
・欧米の企業に聞いても、きっかけは人と人との会話から始まっている。こういったコミュニケーションを取れる場を作る事が大事。
・NGOサイドの人材育成が必要。NGOには企業と一緒にやっていける人材が少ない。
・企業とNGOの最終的な目的が異なるのはしょうがない。コミュニケーションを続けて、お互いがリスペクトし合い、両者の重なる目標をどんどん明確にしていくべき。

讃井氏
・BOPビジネスを行っていく上での、困難を乗り越えるためには、官の支援が必要。
・具体的には、情報収集、採算性が望めない場合のファイナンスの支援、実際の事業における現地での普及・啓蒙活動支援、知的財産権の保護・投資協定といった、ビジネス環境整備である。

小山氏
・人と人とが出会えるようなプラットフォームを作って行きたい。


<最後に>
槌屋氏
・将来、カイロ、上海、デリーが中心となっているかもしれない。
そんな未来に自分たちがどう関わっていくかを考えてほしい。相手を変えるためには自分が変わらなければならないように、世界をサスティナブルにしていくためには、自分がどう関わっていけるかを考えてほしい。


讃井氏
・BOPビジネスはイノベーションや社会的課題の解決だけではなくて、企業の成長の源泉として捉えることができる。

小山氏
・企業のトップの方はぜひチャレンジしてほしい。企業のトップでない方も、今日学んだことをトップの方に説明してほしい。

<感想>
経済産業省の小山課長が「情報収集から実行するBOPビジネスへ」とおっしゃったことは非常に重要だと思う。人と人の会話から始まり、生態系を作っていく。苦しみは多いが、私たちがどのような未来を創っていくかを真摯に考えなければならない。
BOPブームは去り、ここから私たちのアクションが問われると思う。





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09
3月 10

【現地取材】インドネシア滞在記~村の子ども編~

こんにちは!

インドネシア滞在記、第3回目は
私がこの2週間をフルに楽しめた最大要因である
村の子ども達についてお伝えします!

村の子ども達はみんなとてつもなく元気で、
朝から夜まで起きて遊んだり(←メイン)、コーランを読んだり、学校に通ったりしています。

私はこの村に到着する直前まで
「子ども達には遊び道具がないんじゃないか」
という凝り固まった先入観を持って入村しました。

というのも、インドネシアに旅立つ前まで
貧困層の子ども達の「遊び」に関してNGOの方にお話を伺ったり
テープでサッカーボールが作れる!といったプロダクトを調べていたこともあり
子どもの遊びにはかなりの興味を持っていたからです。

村に入ってみて、私の予想が大外れなことにすぐ気付かされました。

まず、子ども達が自転車を乗り回してる!

140 サッカーボールが1つあって
それを村の子たちが共有して使ってる!

203 おはじき、縄跳び、フラフープなどでも遊んでる!

139184446 あやとりが上手な男の子もいます!

344 言ってしまえば、「昭和日本」のような雰囲気でした。

でも、子ども達にかかれば
どんな物でも遊び道具に早変わりです。

なぜかある時からサッカーボールが紛失してしまったのですが
そんなときは道に転がっていたボロボロの果物をボール代わりにしていました。

また、
工事の時につかう水(土みたいなものを混ぜてセメントを作るため)
の入っているたたいてドラムのように使って遊んでいたりもしました。

019 村の子ども達は、全員が家族みたいに仲が良く、
誰がどこの家の子か最後までよくわかりませんでした。

でも、私がふと感じたのは
子ども同士のつながりは強くても、子と親のつながりが薄いかもしれないということです。

私たちは1つの家に2週間ホームステイしていたので一概には言えないのですが、
その家は4人子どもがいて、末っ子のリタ(推定2歳)以外は
全員ばらばらに食事をとっていました。
家の中にはテレビがあり、長男バグース(推定9歳)は毎日はりつくように見入っていました。

お母さんとお父さんはと言えば、
たまに夜9時くらいまで近所の大人たちと外でおしゃべりしている時もありました。

こんなものなのかなあ、と思って過ごしていましたが、
大人と子供の生活が分断されてしまっているような気がしました。

だからといって村の雰囲気が悪いわけでは決してありません。
むしろみんな仲良し!

仲のいい女の子二人組は、服のシェアもしています。

一番手前の子(セイラ)と…
303 右から2番目の子(エイニー)
176 学校に関しては、
村の近くに3校の小学校があり、どの小学校も全員制服を着用しています。
生徒たちは一日中学校で授業を受けているわけではなく
午前と午後の2グループに分かれているようでした。
登校スタイルは「歩き」「自転車」「バイク(親が運転)」の3パターン!

学校には、黒板も教科書も机も揃っていて、
ある学校には人体模型までありました!

◇この教室は電気がつかず、暗かったです。
226 ◇村の家はほぼ全部がレンガ造りだったのに対し、
さすが学校は立派な造りでした。

237 173 3校のうち1校は、海外からの訪問者を積極的に受け入れたい!という姿勢を見せてくれました。
この1校は先生の意識も高く、しかも女性の先生が明るく元気にお仕事していました。
学校というハコがあるだけではなく、そこで活動する人がアクティブであることは本当に素敵なことだと思います。

次回は、
村の大人たちの生活についてお伝えします!





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07
3月 10

【現地取材】インドネシア滞在記~村人のニーズ編~

引き続き、インドネシアレポートをお送りいたします。

前回、村の環境問題を課題点に挙げ
ささやかなアクションを起こしたというお話をしましたが、
実際に村人の意見を聞くと
「この村の子ども達は学校に行けていない子が多い。
この村の人が海外に出ていけるようになるためには英語が絶対に必要だから、
子どもと遊ぶだけじゃなくて英語を教えてほしい」

という声がありました。

村の多くの子ども達が学校に通えていると思っていた私は、この話を聞いて驚きました。
しかし、よく考えてみれば
いつも私たちにくっついてくる子ども(30人くらい)は毎回同じ顔ぶれ。
もちろんこの子たちの他にも子どもはいっぱいいて、近寄ってこないだけ。
見たことのない子ども達の中で、学校に通えない子がいたわけです。

また、村の近くの小学校3校を訪問したのですが、
そこの先生たちはやる気のない人が多く、教育の質は高いとは言えません。
したがって、学校に通えていても英語教育が足りないとのこと。

村人たち自身から「教育」の2文字がニーズとして挙がっていることは
とてもいい傾向だと思います。
しかも海外に目を向けている大人も何人かいたのです。

しかし、私たち参加者は何かが矛盾していることを感じていました。

「私たちは君たち先進国の人のようにお金がたくさんあるわけじゃないんだ」

村人からこういったニュアンスのことを何度か言われました。
こちらが意見を言ったり、提案をすると決まってこのフレーズが返ってきました。

ですが、この村のほとんどの子ども達はポケットマネーを持っていて
毎日毎日何かお菓子や飲み物を買っています。
(村にSellerが売りに来るんです。日本で言う駄菓子屋さんみたいなお店もあります。)
学校の校門付近も祭りの屋台のようなものがいくつも並んでいて
子ども達がひっきりなしにお菓子や飲み物を買い込んでいました。

だからといって、この習慣をやめさせるとSeller達の職が失われてしまいます。
今の状況でお金が循環しているのであれば、それを崩すべきではないのかもしれません。

また、お金の話からはずれますが、
インドネシアは人口の9割近くがイスラム教徒で
この村にもモスクがあって毎日5回くらいコーランを読み上げる大音量の声が村に轟いていました。
たとえ朝の4時でも、夜の11時でも、お祈りが続きます。
子ども達は朝早くから夜遅くまで起きていて、
日本人の私から見れば、とても勉強できるいい環境とは言えない状況でした。

また、ゴミが山積する環境、汚い水に囲まれた環境も、
勉強に適してるとは言えませんよね…。
(もちろん子ども達は汚い物への抵抗があります)

こういった色々な側面から考えると
あの場で自分達ができることは
昼の2、3時間程度の時間に英語レッスンをすることくらいでした。

316 ◇ノートを持っている子どももいます。ほとんどの子にはこちらから紙を支給。
319 子ども達自身は、英語にとても関心を持っていて
習いたての英語を覚えて必死になって話しかけてきてくれました。

この村に問題はたくさんありますが
マンパワーが溢れている村であることは間違いありません!

子どもたちは恥ずかしがり屋な子もいましたが
多くの子が積極的で、私たちのやりたいことを理解して
進行を手伝ってくれる子もいました。

次はそんな子ども達の様子をクローズアップしたいと思います!





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06
3月 10

【現地取材】インドネシア滞在記~気づき編~

こんにちは!
みなさん、この記事を覚えていらっしゃいますでしょうか?

http://bop-design.com/2010/02/others-indonsia/

私は、インドネシアに2週間滞在し、つい先日帰国いたしました。
連日30度を超える気温と、蚊の猛威には悩まされましたが
体調を崩すこともなく元気に過ごすことができました。

インドネシアでの経験を
自分の気づき、村人たちのニーズ、村の子どもたちの様子
を中心に、この場をお借りしてつづらせていただきたいと思います。

2月17日~3月2日まで、ジャワ島中心北部のスマランにある
TambakRejoという村のリーダーの家でホームステイをしながら、
そこを拠点にワークキャンプを行いました。
179 ワークキャンプ参加人数は5人
インドネシア人(リーダー)1人
ドイツ人 1人
日本人 3人
オール女子(!)で、年齢は下は18歳から上は24歳まで。

ワーク内容は
・TambakRejo村の子ども達に英語(日本語)・衛生教育をする
・3つの学校を訪問して、英語(日本語)・衛生教育をする
・村人たちと文化交流をする

この3つが大枠で、スケジュールを組んで活動していました。

まず村に到着して思ったのが、想像よりも暮らし向きがいいこと!
・この村は電気も水道も通っており、移動は歩きか自転車かバイク。
・また、すぐ近くに市場があり食糧調達はそこからできる。
・海に面した村だったので、漁業が盛んに行われている。
・村の近くに小学校が3つもあり、印象としては村の多くの子ども達が学校に通えている。


人に関しては
・あいさつをするとみんな笑顔で応えてくれてとてもいい雰囲気!
・子どもとお年寄りが多くて、私と同年代の若者は少ない。(出稼ぎにでてるらしい)
・女の人(30代後半~70代くらい)は家の前で一日ぼーっとしてることが多い。
(でも市場では女の人がメインで働いています)
・男の人は漁にでてる。


言葉はもちろんインドネシア語。
英語を話せる村人はほぼいない。(ホームステイ先のお父さんは若干話せました。)

ちなみに私たちがホームステイしていた家です。
188 ◇水が溜めてある青いタンク。(調理用)水道も通っている。
415 ◇飲み水は購入。これはおそらく参加者のためのもの。家族は飲んでいなかった。
154 ◇こういう小さな電球が家の中に6~7か所ある。
189 しかし、この村の環境問題は深刻だと感じました。
ゴミへの意識が薄く、
家から出たゴミはそのまま海へ放り投げられます。
トイレの水もダイレクトにそのまま海に流れます。

522 ◇家の中。水が溜めてあり(水道水)、青色の桶で体を流したり、
トイレの時の水を流すのに使う。このまま海にダイレクトに流れていく。
416 ◇家の外にあるトイレ。近くで家の工事をしていて、
工事現場のおじさんや他の家の子どもたちが使用。これもダイレクトに海へ…。
508 このような事態を問題視した私たち参加者は
当初スケジュールになかったのですが
・ゴミを集めるための缶に子ども達が絵を描いて村に置く
・海からゴミが押し寄せてくるのを防ぐために竹の壁を作る
・衛生への意識を高めるために絵本(子ども向け)をつくって贈る

というアクションを、1週間が経過した時点で実行しました。
つまり、この村の問題に気づくのに1週間かけたということです。

◇子どもたちが楽しそうに描いていました。
556 私たち参加者は
IIWC(indonesia international work camp)という団体主催の
ワークキャンプに参加申込をして、2週間活動をしたわけですが
TambakRejoという村がどんな村なのかほとんど情報がないままに現地入りをしました。
したがって、私たちは1週間もしくは2週間、全ての活動期間をかけてこの村の課題を感じとり、
かろうじて何かしらのものを残してきた、という形でワークを終えました。

しかし、上記のようなアクションは
村人たちにぽーんと丸投げしては絶対に持続しないものばかり。
ゴミの缶だってたったの1つしかないし、竹の壁だって、1か所だけ。
しかも、一番長く、粘り強く取り組まなければいけない
村人たちの意識を変えることはもちろんできないまま、物だけ置いてきた結果に…。

同じように、絵本を読むことにどんなメリットがあるのかも、どんなメッセージを伝えたいのかも、
十分に伝えることができなかったように思います。
子どもたちは興味深げに読んでくれていましたが…!

前述の通り、
この村は比較的インフラが整っています。
明日をどう過ごすか、という切迫した雰囲気はありません。
発展しようとしている希望のある村です。

しかし、見方を変えれば
ある程度の暮らしが成立しているからこそ、そこから意識を変えるのは難しい。
このままでの十分暮らしていけるわけですから、環境問題を訴えかけても一蹴されてしまいました。

そもそも、「ゴミや水質汚染をどうにかしたい!」
というニーズがこの村には全く存在していなかったのかもしれません。
私たちの感じるこの村の課題と、村人たちの感じるこの村のニーズがリンクしていなかった
のだと思います。

肝心の、村人たちの感じるニーズとは、教育問題でした。

つづく。





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